—産後の不安と向き合った日—
「赤ちゃんが泣くのが怖いんです」
「訪問お願いしたいんですけど……赤ちゃんが、泣くのが怖くて」
電話越しにそう話したママの声は、震えていました。
理由はそれだけ。
でも、私はすぐに「伺いますね」と答えました。
保健師をしていると、“なんとなくの不安”こそ、すぐに会いたいサインだと感じることがあるのです。
訪問先の静けさ
当日。インターホンを鳴らすと、そっと扉が開きました。
出てきたママは、見るからに疲れた顔。ほとんど目が合いません。
「今、寝てるんですけど……泣くともう、どうしたらいいか分からなくて。怖いんです」
彼女は申し訳なさそうに、ぽつぽつと言葉をこぼしました。
産後2週間。初めての育児。
「泣き声が、自分を責めてるように聞こえるんです」
その言葉を聞いたとき、胸がぎゅっとなりました。
突然の“その時”
静かだった部屋に、小さな声が響きました。
「ふえっ……」
赤ちゃんの泣き声。
その瞬間、ママの体がビクッと跳ねました。
「ごめんねごめんね、ごめんね……」
とっさに繰り返すその姿は、自分を責めるかたまりのようでした。
私は、泣く赤ちゃんをそっと抱き上げながら言いました。
「大丈夫。泣いてるのは、ママが悪いからじゃないですよ」
「赤ちゃんは、ただ“伝えてる”だけ。泣くのが仕事なんです」
少しずつ、少しずつ
赤ちゃんをあやしながら、私は深呼吸を誘いました。
「一緒に、吸って、吐いて」ママも目を閉じて、呼吸を合わせます。
何回か繰り返すうちに、赤ちゃんの泣き声がふっと止みました。
「……泣いても、いいんですね」
ママのその一言に、私の方がほっとしてしまいました。
「泣かせちゃダメって、どこかで思ってて。でも、泣いてもいいんだって言ってもらえて、ちょっと安心しました」
と、小さな笑顔がこぼれました。
少し強くなったママの顔
帰る頃。赤ちゃんはまた、うとうとしていました。
「まだちょっと怖いけど、…今、抱っこしてみたいです」
ママはおそるおそる、でも丁寧に、赤ちゃんを腕に抱きました。
その表情は、少しだけ強く、少しだけ優しくなっていました。
保健師として、伝えたいこと
「泣き声が怖い」
この気持ち、けっして珍しいことじゃありません。
赤ちゃんの泣き声が、
「できてない自分へのダメ出し」のように聞こえること。
完璧じゃなきゃいけない、って無意識に思ってしまうこと。
でも、赤ちゃんはそんなこと思っていません。
泣いてるのは、ママを困らせたいからじゃなくて、
「ここにいるよ」「ちょっとお腹すいたよ」「暑いかも」って教えてくれてるだけ。
泣いても大丈夫。
泣かせても大丈夫。泣くことが赤ちゃんの仕事で、赤ちゃんが自分の気持ちを伝える手段だから。
ママがダメなんじゃなくて、ママは今、がんばってる真っ最中なんです。
最後に
この日の訪問は、たった30分でした。
でも、ママにとっても、私にとっても、すごく大切な時間になった気がします。
自分の気持に蓋をして、自分を責めてばかり。みんな一生懸命で、精一杯頑張っている。100点満点をめざそうとする。そんな真面目なママがすごく多い。
でも、初めての子育てや、一人ひとり個性がある中で、すべてを完璧にこなすことは、とても難易度の高いことだと思います。
私は、自分ひとりでも完璧に一日を過ごすことはできていません(笑)
泣き声が怖いとき、育児がつらいとき、自分の気持ちを話すことは、とても重要になります。誰かの一言が支えになることがあります。
このブログが、そんな“ひとこと”になれたら嬉しいです。
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